「三方良し」の理想の追求

松田 紘一郎 

 松田紘一郎税理士・公認会計士事務所所長

プロのコンサルタントとブローカーとの違い

 医療機関(医療法人を含む)のM&Aの大きな問題は、いわゆる「ブローカー」が群がっていることである。
 ブローカーの明確な定義はないが、一般には理念を持たず、自己利益あるいは一方の取引先のみの利益擁護を図る者を指す。ブローカーたちは法を無視することもいとわないため、彼らが介在した案件は後々、さまざまなトラブルに発展してしまうことも多い。ブローカーの出自は、元医薬品卸、不動産事業者、元病院職員から総会屋まで千差万別であるが、「コンサルタント」と称している点で共通している。
 そもそもコンサルタントは、社団法人日本医業経営コンサルタント協会(JAHMC)の認定登録・医業経営コンサルタントか、同協会が認定登録した「医業経営コンサルタント法人」であるべきである。しかし、この有資格者のも得手・不得手があり、医療機関のM&Aには医療法や補助金等適正法の制約条件から税務や会計まで総合的な視点から分析する能力が求められるが、総合的な視点から検討したうえで、全体のコーディネートを行える人材は、残念ながら非常に少ないのが現状だ。これがブローカーを横行させてしまっている原因のひとつになっている。
 それでは、安心して仕事を任せられるプロのコンサルタントはどうのように見分ければいいのか。細かなポイントについては表1に列記するが、第1のポイントは名刺である。連絡先として携帯電話番号しか記載されていないところは、まず怪しいと考えていいだろう。また公的資格の有無も判断基準のひとつになる。税理士や公認会計士、弁護士などは、悪事に手を染めると資格が剥奪されてしまうからだ。
 病院経営者のなかには、「自分だけは大丈夫」と考えている人が多いが、彼らは、言葉巧みに耳障りのいい甘い言葉ばかりを並べたててくるため、騙されてしまうケースが驚くほど多いのが実情だ。M&Aが活発化するなか、実行に向けて勉強をしている経営者もいるが、本から得た知識程度では難しい。失敗しないためには、信頼できるプロのコンサルタントのサポートが必要だと言える。

表1 避けたいコンサルタントの見分け方 (出典:『新しい医療法人の理解と実務のすべて』)

①大言壮語・内容がない
・自分は何でも(すべて)できる―神様以外は無理と思います。
・他県の“○○をやった”“○×をやった”―検証できにくいことのみを持ち出すのは疑問です。
・厚労省の×○、代議士の××を知っている―大言壮語の典型例で、コンサルティングの実務に無関係と思います。
②経歴・実績(詳細は無理でも)を示さない。
・秘密保持契約があり示せない―事実かもしれませんが、概要ぐらいは工夫して出せるはずです。
・外部に出せるものがなく出せない。-医療・介護界から不支持であることの証明です。
③活動する拠点(事務所)が不明確(ない)。
(例)
・電話秘書の事務所が実態、基盤が脆弱―顧客のないことの証明です。
・事務所、携帯電話が頻繁に変わる―変わる理由(不始末)があり、責任逃れか、とにかく信頼性に問題があります。
④意味もなく誹謗・中傷し自己をアピールする。
・「◯◯◯」資格、あれは全部ダメ―客観性がなく、コンサルタントに不向きです。
・「××」は人事・労務しかできないのでダメ―コンサルタントの専門領域特化がわからないことを自白しているようなものです。
⑤行動・言動に不可解なことがある。
(例)
・時々“ヤクザ言葉”がでる―マル暴の企業職員、外国の工作員と噂される人もいます。
・取り巻きの人々が“変”―同上、類は友を呼びます。
⑥その他のケース
(例)
・コンサルを“タダ、または超格安でやる”―後で高い機器を買わされたり、リースを組まされるなど、結局高くつくことになります。
・海外留学。博士号を強調―本当にそうなのか、仮にあっても実務にはあまり関係ないと思います。

医療機関のM&Aに必要な「三方良し」の理念

 医療機関のM&Aには、いまだ否定的な見解もあるが、地域医療の継続・バリューアップによる医業再生という視点から考えれば、否定されるべきものではない。ただし、ここで主張したいのは、M&Aは、かつての近江商人の商いの言葉である「売り手良し」「買い手良し」の「三方良し」(表2)を理念に掲げて、実践するべきだということ。値段を吊り上げる、二束三文で買い叩くなど、ブローカーが介在すると「三方良し」には決してならない。

第2表 三方良しの理念 (出典:『新しい医療法人の理解と実務のすべて』)

譲渡側(売り手)良し
譲渡側医療機関経営者の“ハッピー・リタイヤメント”とともに、これまでの医療機関経営を支えてきた医師・看護師を始めとする多くの職員の雇用の確保、よりよい職員満足度(S・S:Staff Satisfaction)を充実していく相手先を選定していくべきです。
譲受側(買い手)良し
譲受側医療機関にとっても“少しの手入れ”(資金・人など)により事業規模が拡大するメリット、譲渡側医療機関の付加価値の増大化(Value up)により安定性と継続企業体としてのパワーを強めるべきです。
地域医療(世間)良し
そのM&Aの過程が、非営利を前提とした法令遵守(Compliance)は当然として、経営陣が交替することにより、従来にもましてVFM(Value For Money)が強化、地域医療への貢献がなされるべきです。

 M&Aのための準備というと一般には買い手側の視点から語られることが多いが、売り手側にとっても準備は重要なこと。同じ売るにしてもバリューアップさせた上で売ることがベストである。
 これは、何も経営者が得る金銭面に関することだけではない。仮に価値ないと判断され、売り手がつかずに廃院することにでもなければM&A後の職員の雇用を守ることもできないからだ。
 私がおつき合いしているある経営者は、後継者不足から引退を考えているが、10年計画で価値の向上に努めている。規則規程や経費の見直し、機能評価の取得、高利益体質の強化など、信頼できるコンサルタントに相談すれば、価値を高めるさまざまな方法を提示してくれることだろう。
 最も避けなければならないのは、手の施しようもない状況に追い詰められてから、M&Aを考えること。 長期的な計画で進めていくことが大切だ。
 ところで、全体数としては医療法人が自治体病院の経営に乗り出しすケースは多いとは言えないが、今後は、拡大していくことが予測される。医療法人が指定管理者として自治体病院の運営に乗り出すメリットとしては、規模の拡大はもちろん、ステータスの向上も期待できる点が挙げられる。
 指定管理者となれば、職員の給与の問題や周辺病医院からの反発、救急医療や周産期医療の実践など満たさなければならない要件もある。一方、自治体病院の経営者の問題点は、外部からでも比較的わかりやすいため、経営管理に長けた人材がいる医療法人であれば、十分、経営改善できるだろう。

Phase3 2009年1月号より
タイトル
新しい医療法人制度の理解と実務のすべて
著者
松田 紘一郎
監修
社団法人 日本医療法人協会
出版社
株式会社 日本医療企画
出版日
2008年7月23日
体裁
B5版・276頁・定価 4,200円(税込)
ISBN
4-89041-800-8